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長い自伝的プロフィール
谷孝祐

胎児の頃から世の中に対し安心感や安定感を感じ、比較的ポジティブなイメージで出生を迎える。
乳児期、幼児期は一人で何かを行うことを好み、特に想像力や創造力を必要とする遊びに興味を持つ。

物心ついた頃から、好奇心が旺盛で、自分の周りに起こっていることに素朴な疑問や興味を持つようになる。
この頃から外での遊びが増え、友人との関わりも多くなる。

小学生高学年の頃、人間そのものへの興味が深まり、肉体や出生に関し、本などで学ぶ。
同時期にスポーツへの関心も出てきて、少年野球のチームに所属、プロ野球選手を夢見る。
児童会長を経験し、その後のリーダーシップの基礎の基礎となる。

中学に入ると、吹奏楽部に所属。毎日練習に明け暮れる。
ながらも、人間への関心は体から心へと移行し、心理学や哲学的な本をたくさん読むようになる。
また、定期的に自転車で出かけることも多く、基礎体力をつけるのに貢献、校内マラソン大会で入賞も。
様々な土地や風土への興味も出てきて、一人旅も行う。
中三の時には部活で部長を務め、リーダーシップの基礎となる。

高校でも吹奏楽部に所属。
三年間を通し、リーダー的な役職を務め、自分なりのリーダーシップ論を持つようになる。
自主運営的な要素が強かったため、組織としての動き方の基礎を体験する。
もっぱら興味は音楽のウェイトが非常に高く、音楽家を夢見るようになる。
しかし、古典的な思想や歴史の裏側、またコミュニケーションの技術への関心は高く、書物を通じて理解を深める。
通学時間が長かったため、人間観察をすることが多くなり、本でえた知識を検証するようになる。

音楽大学を志望するも、家庭の事情により法政大学経営学部に進学。
夢を諦め、生活のための仕事として会計士を目指すこととするが、二十歳の時に「三十歳まで好きなことをやって生活できなかったら会計士を目指す」と考え方を変え、自力でできる範囲で音楽の勉強も再開。
コンビニエンスストア、引越し、家庭教師、ガソリンスタンド派遣といったアルバイトも経験する。

大学卒業後、楽器の練習時間がとれるといった理由から、大学受験教材の販売会社に営業として就職するが、やり方が肌に合わず、三ヶ月で退社。
その後、塾講師として働く傍ら、中高生への指導や演奏の機会を得て音楽活動を行う。

二十六歳の時に、従業員としての塾講師の限界を感じ、年度末で辞めることを決意。
その数ヶ月後に経済的自由度と才能開花のバランスから限界を感じ、音楽で身を立てることを諦める。

やるべきことを模索しながら、ある出来事の後押しで、自分で学習塾を立ち上げることを決意する。
その準備中に人の縁で、陰陽師の家系の直系長子にのみ伝承されてきた人を癒す技術に出会い、才能を見出され、その技術を教わる。

しばらくは自宅での中学生への学習指導と癒しの提供の二足のわらじで活動するが、後者が忙しくなり、学習塾を続けられなくなる。

広がりを意識し、今まで呼び名のなかった癒しの技術に一悟術という名前をつけ、後進育成を始める。
また、同時に今までの自主的な研究を元にセミナーを行うようになる。

現在は、株式会社今を生きる人代表として、一悟術へのサポートやセミナー、勉強会、イベントプロデュースなど様々な活動を行っている。