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しこうの楽しみ

日本でスキーをするメリットへの実感

どうであれ比較する対象ができることは良いことなのでしょうか。
ふとそんなことを感じてしまいます。
今まで体験したことのないくらいの大きなスキー場にやってきて逆に白馬の優位点も認識しました。

これは同様に日本の大きなスキーエリアにも言えると思います。
結果的に外国人がなぜわざわざスキーにやってくるのかという疑問が解決されたようでした。
もちろん南半球の人は季節が逆だからと考えていました。

圧倒的にオーストラリア人が多いのは確かです。
ただ実際には欧米からもやってきます。
意外にロシア人もそれなりの数のようです。

だから食事のバリエーションや質という推測もありました。
加えて温泉もあります。
これらの組み合わせは他にはないものでしょう。

元々の理解はこの程度でした。
つまりスキーそのものの魅力とはちょっと違っていたのです。
だからどことなく自分の中での納得感が薄かったのかもしれません。

それが氷解したのでした。
よく言われることは雪質です。
特にニセコは世界超一級と評されますがその実感がなかったのです。

ちなみに白馬は年によってはニセコより良いかとも思います。
それはさておき無意識的にはもっと良い場所があるイメージでいたのかもしれません。
ところがヘリスキーのガイドの感じだとパウダーのイメージが全く違う印象でした。

20cmくらい柔らかい雪が乗っかっていれば滅多にないことのように感じるようです。
話した感じだと年に何度もなさそうな様子でした。
その程度は日本では珍しいことでもありません。

本当に条件の整った日はそんな騒ぎではないわけです。
滑っていて腰まで埋まるくらいです。
そうなると他では得難い浮遊感が味わえます。

まさに無重力の体感です。
しかも時にこれはゲレンデ内の上級コースで体験できることもあります。
わざわざ登ったりヘリを使わなくても楽しめることがあるわけです。

確かにこれに病みつきになったら毎年でも日本に行きたいと思うのかもしれません。
あとは適度な広さです。
疲れたら帰れるくらいの範囲で多様な楽しみ方ができるのです。

要はきめ細かいというところでしょう。
あとは総合的にリーズナブルというのもありそうです。
かかる費用が随分違います。

こんなことを考えていると次に白馬に行くのが楽しみになってきたのでした。

谷 孝祐
2019.3.1

裏メニューの2度目のヘリスキー

あまりにも良かったので2度目のヘリスキーをしました。
新たに加わったメンバーが話を聞いて体験したいと言ったのがきっかけです。
確かにそれがなければ考えませんでした。

ただこんな機会は滅多にないことです。
ということですぐに予約をすることにしたのでした。
しかしショップに行くとスタッフがいませんでした。

17時に戻るという張り紙があったので一旦帰ってまた足を運びました。
ところがその時間にはまだ空いていませんでした。
なんともローカルな感じです。

お店の前で待っているとすぐに声をかけられました。
でも彼はスタッフではなくヘリスキーに興味のある人でした。
そんなわけでそこで立ち話になりました。

色々質問されたわけです。
なかなか良く喋る人でした。
ちなみにスウェーデンから来ているとのことでした。

家族と一緒の滞在でヘリで行きたいのは自分だけだと言っていました。
これは結構難しい状況です。
ツアー催行の基本最低人数が4人なのです。

ということで折角なので一緒にどうかと誘ってみました。
そうなると拍車がかかるものです。
より詳しい話になりました。

その中で金額の話題にもなりました。
実際は日本で考えるならリーズナブルですが気軽なほどでもありません。
どうやらここがネックのようでした。

そんなこんなで30分くらいしてやっとスタッフが戻ってきました。
そしてこちらは希望を伝えて予約を進めました。
丁度よくオーナーらしき人も一緒で前回とは違うコースを勧められました。

それは裏メニューのようなものでしょうか。
出発点の標高は下がるもののこの地域を象徴する山のすぐ近くから滑るものでした。
想定外のオファーでしたが喜んでそれにすることにしました。

実際に行ってみると初回とは全く違う雰囲気が楽しめました。
当然ながらそのエリアに入っている人数が明らかに少ない感じでした。
だからよりありのままの自然を体感できた気分でした。

難易度は多少簡単になり単純に景色を楽しむツアーというイメージでした。
それでも満足感は十分です。
この日も天気が良く気候も穏やかで非常にラッキーでした。

結果的にそのスウェーデン人も決断してやってきたのですが感銘してかなりハイテンションでした。
無意識的にどことなく自分にもヘリスキーへの憧れがあったのかもしれません。
今回の体験でその集合意識から外れてよりフラットにとらえられるようになった気がします。

谷 孝祐
2019.3.2

能力を生かすエッセンス77

大腿部の下部への認識はいかがだったでしょうか。
今までに気にしたことのない感じだったでしょうか。
でも比較的とらえやすい感じだったかと推測します。

ここは意識さえ向ければ割と知覚しやすい場所だと感じます。
特に脚部を使った運動のあとに気にしてみましょう。
もちろん日常生活の中で歩いた後でも構いません。

そうすることで左右や内外の差がとらえられるかもしれません。
いずれにせよ状態への自覚を高めていきたいものです。
では次に一段階上がりましょう。

太ももの中部です。
暫定的ではありますがそれを4分割した真ん中2領域分くらいというイメージです。
あくまで適当な指標なので何となくで構いません。

この部分に注意を向けてみましょう。
まずはそこを全体的にとらえる感覚です。
人によるかもしれませんが力を入れた時に最も太くなるエリアかもしれません。

多くの場合において太ももと言った時にこのあたりを指しがちかと考えます。
あくまで便宜上の設定です。
難しければ自分なりにこの部位の範囲を決めてしまっても構いません。

それはさておき今回も基本的には前回と同様です。
まずはマッサージをしてみましょう。
ただ通常は太さがあるので片側を両手で行うのが適しているかもしれません。

両親指で前面中央ラインを押しつつ他の指で側面を摘んでいく感じです。
裏面の端から揉み上げるのも良いと思います。
あとは前側を手のひらの下部で押す方法もあります。

これであれば両足を同時に行いやすいでしょう。
方法はどうであっても構いません。
こうするだけでも体とのコンタクトが強まるものです。

ちなみに意外にここに疲労が溜まりやすいこともあります。
なのでこれだけでちょっとスッキリするかもしれません。
といってもこれは改善が目的ではありません。

まずは自分の知覚を確認していくことが重要です。
ほぐすことに注力しすぎるとズレてしまいます。
というこで気楽に触るくらいの感覚で取り入れていきましょう。

谷 孝祐
2019.3.3

2019年3月第2週の傾向

今年もすでに3月に入りました。
欧米ではサマータイムの足音が聞こえてくる時期です。
つまり日の長さが増していく季節です。

そろそろ冬も終わりを告げるのでしょうか。
次第に春の兆しが感じられる頃かと思います。
そういうタイミングですが先週はいかがだったでしょうか。

立ち上がる感じは掴めたでしょうか。
今までやろうと思っていてできなかったことが進んだのであればその一端でしょう。
そのまま流れを受け取っていきたいものです。

とはいえ注意は必要です。
勢いに任せるとすぐに失速してしまうかもしれません。
無理のないペース感を保っていきたいものです。

一方で焦りからか動きにくかった人もいたことでしょう。
場合によっては病気でもないのに寝込んでしまったこともあったと思います。
でもそれを自己否定の材料にしないことが重要です。
気を改めて立て直しにいきたいものです。

さて今週の傾向です。
一転して暗雲立ち込める感じでしょうか。
うまくいきそうだったことが停滞するかもしれません。

勢いづいていたことが失速気味になることも考えられます。
特に無理してきたことは顕著かと思われます。
その反動が出そうなわけです。

とはいえこれはとらえようです。
ポジティブに解釈するなら見直すタイミングとも言えるでしょう。
ある種のデトックスがあると理解することもできます。

とにかく今までより微細な課題が明確になりそうなわけです。
ということでできる限り前向きに認識することが重要です。
ここでネガティブスパイラルにはまってしまって勿体ない気がします。

いっそのこと垢を全部落とすくらいのコミットメントでいきましょう。
積極的にクリアすべきテーマを見つけて主体的に扱っていきたいものです。
そうすることで次なる良い感覚が呼び込めると予想します。

そんなわけでより主体的に自分の人生に関わっていきたいものです。
個人的には帰国の週になるので仕上げを意識していこうと思います。

谷 孝祐
2019.3.4

2冊目の本の発売に際して

感情のクリアリングに関する本が発売になりました。
確認はしていませんがすでに書店に並んでいることと思います。
どことなく前著に比べてこのタイミングが意識化されている気はします。

つまりどことなく販売開始の実感があるのです。
ちなみに前回は全くと言って良いほどそれはありませんでした。
なぜなら実際に本というものは自分の手元から手離れて少し経ってから世に出ます。

印刷の期間があるので当然のことでしょう。
ということですでに送り出してしまった後の心持ちとも考えられます。
要は責任を持ってできることは概ね終わってしまっているということです。

なのでどこか自分ごとととして感じにくかったのかもしれません。
そんなこともあって縁ある人が受け取ってくれれば良いくらいの感覚でした。
しかし今回はそうでもないのです。

これは企画段階からの意図の違いが影響しているのでしょうか。
出版社からのオファーから異なるベクトルだったことでしょう。
確かに『感情の取扱説明書』は教科書のような意味合いでした。

この分野について網羅的に触れることが目論見だったわけです。
当然ながら読みやすさよりも正確性が重要視されています。
だからというわけでもありませんがかなりの分量になっています。

ここが新刊は真逆かもしれません。
正確さをできる限り落とさない範囲で読みやすくするコンセプトです。
これでも一般的な軽く読める書物よりは密度が濃い可能性はあります。

ただ個人的にはかなり薄めた印象です。
もちろんこれは否定的な意味ではありません。
そういう方向で作ったというだけのことです。

そのためメッセージ性もマネジメントされています。
何を伝えるのかポイントを絞ったということです。
分かりやすくするためにこれは重要なことでしょう。

具体的にはタイトルの通り「感情をクリアにすれば人生が変わるかもしれない」と感じてもらうということです。
要はこの分野に興味を持ってもらうということです。
前半部分がディープな体験談になっていてイメージがつかみやすくなるようにしています。

後半部分が解説や方法などです。
ちなみによくある著者の自己開示的な内容もあります。
そういうわけで読み物としても楽しめるかもしれません。

この本が起爆剤となって感情的な滞りのない世界に前進することを祈ります。
もしよければ『人生が変わる感情のクリアリング』をよろしくお願いします。

谷 孝祐
2019.3.5

氷河の溶けそうな暖かさ

今回の海外で感じることは異常なまでの気候変動です。
もちろん日本でもその向きはあるかもしれません。
確かに今年は暖かい印象です。

もしくは寒暖差が異様なまでに激しかったりというところでしょうか。
体調を崩すのも無理がないという感じでしょう。
しかしそれでも既存の冬のイメージが崩れるほどのことでもなかった気がします。

昨年末にスキー場で雪が足りないと嘆いていたのも近年では珍しいものとも言えません。
個人的には大体イメージ通りの雰囲気でした。
一昨年が良すぎたためにそう感じるくらいなものです。

ところがこちらは全く違います。
スキー場のベースが東京くらいの気温かもしれません。
むしろ暑いくらいです。

特にヘリスキーは象徴的でした。
1回目スタート地点の標高4300mでも-6℃とのことでした。
こちらにとっては極寒とまでいかずありがたい限りでした。

だからこそ良い印象が持てたのかもしれません。
途中の休憩ではピクニック気分くらいの過ごしやすさでした。
自然の厳しさは一切なく楽しめたのでした。

2回目スタート地点は標高3800mくらいですが0℃とのことでした。
まだ朝9:30くらいのことです。
おかげで写真を撮るのもためらわずにグローブを外せました。

ある意味でラッキーだったわけです。
ちなみにこれらの場所では通常であれば-20℃くらいだとガイドさんの話でした。
氷河が溶けるという話題にもかなりの実感が持てました。

こうなってくるとスキー場は当然ながらもっと気温は高いものです。
午後には標高2800mくらいでも12℃という表示を見ました。
まるで春のようです。

もしくは日差しの強さから初夏かとも感じました。
天気も悪くなることはなく快晴続きでした。
ということで日に日に雪が減っていくのが目に見えたのでした。

残念なのか幸いなのか結果的にノーマルタイヤでも平気だった感じです。
ベースタウンにはほぼ雪がないのです。
この先どうなっていくのでしょうか。

ちなみに北米では異常なまでの極寒だったという話もあります。
どちらにせよ季節にまつわる固定観念は崩れていくのかもしれません。
見守っていきたいところです。

谷 孝祐
2019.3.6

異常気象とヴィーガンの関係

興味深い話を聞きました。
異常な暖かさの影響のようです。
これはとある国での変化です。

日本ではあり得なさそうな反応でしょう。
文化の違いを感じる出来事かもしれません。
もしくは意識の差異ともとらえられます。

結果的にヴィーガンが増えたというのです。
しかも400万人という数らしいです。
かなりのインパクトでしょう。

どうやら環境に対する感覚がそうさせるようです。
雑に言うなら肉食が温暖化につながっているという認識かもしれません。
元々はお肉をよく食べるイメージの地域です。

だからこその反発でしょうか。
あまり日本では語られない側面とも考えられます。
食料生産に関するエネルギー消費の観点です。

具体的な数字は記憶にありませんが端的にとらえるなら飼料生産と二重で必要になると考えることができます。
以前に菜食にすることでどのくらい二酸化炭素の排出量が減らせるかという情報をポスターで見ました。
それはかなり印象的でした。

半分以下だった気がします。
でもこれは英語のものでした。
もちろん信憑性を確認したわけではありませんが訴求力はあるものでした。

今まで行った日本人経営のヴィーガン店でこのベクトルに触れたことはありません。
健康か動物愛護なのです。
余談ですがこの違いで雰囲気が異なります。

食以外にも及ぶ後者の方がストイックな感じです。
革製品を使わないのが象徴的です。
目的によって差が出てくるわけです。

いずれにせよ個人的には望ましい傾向に感じます。
世界でその潮流が高まれば日本にも波及するかもしれないわけです。
でもこれは表面的なことかもしれません。

結局は反動でしかないわけです。
現象がなければそちらには向かいにくいでしょう。
もしくはイデオロギー的とも解釈できます。

思想の表現としての行動です。
つまりいくらマシな方にシフトしたとしても根源的なパラダイムは変わっていないのです。
もちろんそれに批判的なわけではありませんが不安ベースから脱却できる時代はまだまだ遠いのかもしれません。

谷 孝祐
2019.3.7

初のヨーロッパスキーからの帰国

無事に戻ってきました。
どことなく意義深い旅だった気がします。
やはり新たな体験というのはそういうものなのでしょう。

感性を刺激された感じがします。
結果的に受け取りも大きかったように思います。
改めてルーティンにはまらない重要さを認識します。

意図的に違うパターンを生み出すことはどうであれ意味を持つのでしょう。
これが変化の実感へとつながるのかもしれません。
しかし振り返ってまとめてしまうと変わり映えのしないものにも思えます。

海外で実感する帰結点は同ベクトルなのでしょうか。
結局のところ日本の良さを再確認したまでです。
つまりどうしたってそこに行き着いてしまうということです。

とはいえ対象領域は異なります。
だからインパクトはありました。
まるで空白だった場所に分配がついたかのようです。

無意識的な幻想があったのかもしれません。
今回は3つのスキーエリアを回りましたがことさら突出した雰囲気でもありませんでした。
もちろんそれぞれのメリットはあります。

規模も圧倒されるくらい大きなものです。
しかしよく考えれば日本が追随できないわけでもありません。
まだまだポテンシャルがあるわけです。

言うならば欧州同様の切り口でできなくもない感覚です。
でもそういった整備があまりされていません。
これが新たに生まれた視点でした。

ということで自分も日本的価値観に縛られていたと思います。
エリア全体ではなくスキー場単体でしかとらえられていなかったのです。
だから同じ地域の違うスキー場を比較する発想がありました。

枠組みがその規模感だったのです。
おかげでこの部分において意識が広がったのかもしれません。
そこに囚われる必要はないわけです。

外国人目線で複数のスキー場をコンプレックスとして認識すると全く異なる視野になったのです。
世界有数のリゾートに見えてくるのです。
雪質やアフタースキーのバリエーションを勘案すると屈指とも言えます。

ここに気づくとまだまだ楽しみきれていなかったと実感します。
そんなわけでどうであれ来シーズンへの布石にはなったのでした。
対象が何であれより積極的に関わって与えられた制約範囲を超えた発想でいきたいものです。

谷 孝祐
2019.3.8

ヴィーガングルテンフリーの一般化

時代の変化でしょうか。
それを感じるところはあります。
異常気象もその一端でしょう。

そこからのヴィーガン人口増加の話題にも触れました。
とはいえこれは極端な一例かもしれません。
それでも急速な波がある実感はあります。

ちなみにヨーロッパに渡る直前にもこの傾向が表れている話題について触れました。
空港ラウンジでの食事の対応です。
自分がその指向性だからこそ感じ取っていることかもしれません。

ただヴィーガンが限られた世界ではなくなっていっている印象はあります。
どこでもそれなりに選択肢があるようになってきているわけです。
そしてこれは今回の旅のホテルでも顕著に感じられました。

全てのホテルレストランで用意可能だったのです。
これは個人的にはありがたい限りでした。
乳製品と卵がNGだとお肉しか選択肢がないということも多かったのですがそれを仕方なく選ぶ必要がなくなったのです。

場所によっては専用のメニューが準備されていることもありました。
アラカルトで選べるようになっているのです。
だいたいA4サイズくらいで10品程度がのっていました。

さすがに片手間程度の感じもなくはありませんがそれでも十分なくらいです。
ちなみにレストランによってはちゃんとしたコースもありました。
こちらはかなり凝っていて作り慣れている雰囲気が印象的でした。

当然ながら満足感も格別でした。
加えてグルテンフリーも同様の感じでした。
イタリアのそれなりの所ではもはやスタンダードなのかもしれません。

スパゲッティとペンネは用意がある様子でした。
しかもちゃんとアルデンテで出てくるので感心します。
これは日本ではほぼないことです。

もちろんパンも準備されていました。
ということで無理して食べざるを得ない状況は全くといって良いほどありませんでした。
結果的に微細なレベルでにおいても体調が安定していたのかもしれません。

普段と本当に変わらない感覚だった気がします。
だからこそ何となく今までよりも潜在的な受け取りが大きかった体感があります。
きっと感性が開いたままで過ごせたのでしょう。

まだ顕在的な整理はあまりできていないので振り返って見つめていくことにします。
世界の食はじわじわと移行していくのでしょうか。
どことなく期待が生まれてきたのでした。

谷 孝祐
2019.3.9

能力を生かすエッセンス78

太ももの中部はいかがだったでしょうか。
触ったからといって何かがわかる場所でもないのかもしれません。
ここが知覚できるほどに固まっていたらかなりのものでしょう。

それだけ全身が硬直してしまっているとも考えられます。
基本的には不具合が自覚しにくいところに思います。
ということで比較的状態の良否はとらえにくいと思われます。

それでもマッサージしてすっきりした感じがあれば滞りがあったものと言えるでしょう。
そうであるなら少し継続してみたいものです。
いずれにせよそれで太さの認識は持てたでしょう。

どんな感じだったでしょうか。
イメージ通りだったでしょうか。
案外ずれていることもあるものです。

そこが補正されるだけでも意味はあります。
これも自己理解の一端になるわけです。
さて今回のテーマは上部です。

大腿部の上4分の1くらいのエリアです。
股関節に接する部分です。
それもあって動きの多い可能性はあります。

だからその癖が出やすいことも考えられます。
個人差が大きそうな部位だと解釈できそうことです。
また触っても全体がとらえにくいのかもしれません。

そもそも認識しにくい感じもあります。
そんなわけでこれまでよりも意識的に扱いたいところです。
でもひとまずの方法は結局同じです。

圧をかけてみるのです。
手のひらを押し当てて中央部から外側に移動してみましょう。
もしくは親指で内側を押してみましょう。

もちろん何か思いつくなら他のやり方でも構いません。
力加減や角度を変えて様々な刺激を加えてみたいものです。
きっとそこで知覚のしやすいところとそうでないところが感じられることでしょう。

意外な気づきがあるかもしれません。
概ね思っているより太かったということはありそうです。
できるだけ正確に状態をとらえていきたいものです。

谷 孝祐
2019.3.10

2018年3月第3週の傾向

この3月も半ばに差し掛かってきました。
日の光も強さを増して春を感じ始める頃でしょうか。
確かに暖かくなっていく予感かもしれません。

ただ日差しや空気感に夏をみる人もいそうです。
実際に冬の海水温がかなり高かったとのことです。
例年より5℃強でしょうか。

益々おかしなことになってきているのかもしれません。
こうなればいつ気温が急上昇してもおかしくないでしょう。
いずれ季節感という言葉は死語になるのでしょうか。

すでにその向きもなくはありません。
気候変動に影響されにくい状態でいたいものです。
そんなことを思うタイミングですが先週はいかがだったでしょうか。

停滞や崩壊はあったでしょうか。
良い気づきや受け取りはあったでしょうか。
再構築が必要に感じた人もそれなりにいたかもしれません。

奇しくも3/10は東京大空襲の日だったようです。
少なくともこのエリアではいつになくこれにまつわる霊的影響があったのかもしれません。
眠りにくかったり夢見が違ったりという話も聞きました。
もしそうだとしたらリセットしておきたいものです。

さて今週の傾向です。
上昇気流の始まりという雰囲気でしょうか。
何かが立ち上るような感じかもしれません。

場合によっては一気に物事が進む可能性があります。
しかもこれは予期しにくいものです。
つまり願う願わないに限らず偶発的に起きてくる状況です。

だからなんだか分からないけど色々うまくいき始める人もいるでしょう。
狙いもしていない良いことがあるかもしれません。
ただそればかりとは限りません。

ズレた現実があらわになることも考えられます。
またはその力に翻弄されてしまうこともあるでしょう。
これによって感情がグルグル巡る人もいそうです。

何であれ進む方向です。
間違えや抑圧も認識しやすいと予想されます。
ということでうまくこれを活用したいところです。

そのために俯瞰する意識で対象との距離感を保ちつつ委ねる感覚で過ごしたいものです。
個人的にはゆったりのんびり気分でサクサク物事を進めるようにしていくことにします。

谷 孝祐
2019.3.11

スキー場認識とアイデンティティ

スキーエリアやスキー場を認識するフレームが変わった影響なのでしょうか。
どことなく外国人目線でとらえられるようになったことでの実感です。
意外なことにこれが日本人の集合意識と共鳴する理由になっていた気がするのです。

しかもそれがなぜだかアイデンティティと結びついていた様子です。
自分が日本人であるという価値観を支えていたわけです。
ロジックは解明できていません。

支離滅裂な論理にも思います。
しかし自己価値にしているわけでもないのにそのくらいのレベルの影響があった感じです。
つまりそれがあることによって無意識の自己認識が形成されていたと考えられるのです。

そしてその視野にとらわれていたわけです。
物事を日本人という立場から認識するのが当たり前になっていたということです。
日本でずっと暮らしていれば当然なのかもしれません。

言語的に筋が通らずともいつの間にかそういう固定観念が強固になっていくとも考えられます。
そうなればなかなか自覚できないものでしょう。
ゆえになかなか扱われることのない領域になります。

だからこそ外れてみて始めて知覚できたのでしょう。
全く狙っていなかった偶発的な受け取りとも言えるでしょうか。
興味深いプロセスもあるものだと思います。

もしかしたらスキーに関する部分は象徴だったのかもしれません。
色々と変化してきた自己認識の最後の砦だったとも考察できます。
ちなみに顕在意識ではアイデンティティは顔をのぞかせないくらいの感覚でした。

少なくともその影響の弊害は認識していなかったわけです。
実際に何か問題があったわけでもありません。
だからこそ課題とされなかったわけです。

でもこの枠が外れたおかげでよりナチュラルに素直な感覚で楽しむ方向へ進める気分なのです。
これこそがプラス方向だけの自己成長かもしれません。
ネガティブをなくす性質とは全く異なる雰囲気です。

別次元に入ったとでも形容できるのかもしれません。
こうなってくると体験の重要性がさらに強まってくるように思います。
今回の件もそれなくして不可能な領域だったでしょう。

もちろん誰かからの指摘があれば発見できる可能性もありますが確率は高くなさそうです。
本質的にはそんなものなのかもしれません。
経験から起きる潜在意識の変化を自覚していくという順序です。

もしそうだとしたら一致感は外せない要素でしょう。
その表れが楽しさだとも推測します。
そこにコミットするからこそ得られるものがある気がするのです。

ということでもう少し自由に物事を描いていくことにします。

谷 孝祐
2019.3.12

英語力を阻害していたアイデンティティ

意識の枠が広がったのでしょうか。 本当の意味で日本人というアイデンティティから出られたのかもしれません。
それは検証し得ないことではありますがそんな気がしてしまいます。
少なくとも以前よりは影響が減ったことでしょう。

これによって次の気づきへと進んでいきました。
潜在意識のより深くにアクセスできるようになったのかもしれません。
もしくはブラインドになっていた領域が開かれたのかもしれません。

いずれにせよ無意識的な認識が顕在化してきたのでした。
具体的には英語に対する話題です。
なかなか混線した自己認識であることが理解できたのです。

今までは旅行するくらいにしかできないという感覚でした。
それを話せると解釈するかどうかは客観的な比較になると思います。
しかし自己評価は良くはありませんでした。

どれだけ人から話せる方だと言われても受け取れていなかったのです。
どうしても無意識的に日本語の運用能力とくらべてしまっている感じなのです。
思い通りにスラスラ出てこない突っかかりが気になっていたのでした。

ある種の完璧主義です。
もちろんそこまで喋れればほぼネイティヴでしょう。
頭でそれは理解しているものの結局できない認識のままなわけです。

通じれば良いという価値観と同時にそれがあったのでした。
ここまでの表層はすでに自覚済みでした。
だからといってそれほど問題も感じないために真剣に向き合うまでにも至っていませんでした。

ここに光が差してきたとも言えるでしょうか。
どうやら英語ができないという認識は日本人の集合意識において強固なもののようです。
むしろできる必要もないという発想があるのかもしれません。

確かに置かれた環境によってはまだまだ事実でもあります。
そんなわけで強い影響を受けていたのかもしれません。
英語ができるようになることは日本人であるアイデンティティを手放すインパクトにもなり得るのです。

きっとここが引っかかっていたのでしょう。
なので話せるようになることに怖れが邪魔するとも考えられます。
加えてそこまで大きな話をしなくとも過去の自分から変わってしまうことは確かです。

世界の広がりが全く違ってきます。
いうならば活躍できる舞台が世界になるため案外強固な抵抗を生み出してきたのかもしれません。
でも風穴はあいた気はします。

先に突っかかっていたアイデンティティが弱まったわけです。
実際にどことなくもう少しできるようになりそうな気分になってきました。
この流れに乗ってワシントンまでにはマシになっておきたいものです。

谷 孝祐
2019.3.13

やっと見えた関係詞を使える展望

英語力向上への風穴への実感は何となくのものでもありません。
つまり体感的なぼんやりしたものだけではないということです。
しかしそれはつぼみくらいのものかもしれません。

なのでまた元に戻ってしまう可能性もあります。
ということで少しでも現状維持を目論んで記しておくことにします。
スキーを通じてじわりじわりと日本人のアイデンティティが緩んでいったのでしょう。

振り返ればそれを後追いするようにいつしか感覚が変わっていったように思います。
だからこそその関連性をどことなくとらえていたのかもしれません。
頭に浮かぶ表現に違いが出てきていたのです。

例えばホテルのフロントで何か頼む時のことです。
以前であれば目的が果たされれば何でも良い感じでした。
だから必要事項のみの会話でした。

分かりやすいといえばそうでしょう。
通じることだけを求めていたわけです。
実際に相手も英語が得意でなければこの方が伝わることもあります。

あれこれ喋るより誤解や齟齬が生まれにくいわけです。
ただ理由や背景の説明はあまりできなかったのです。
なので言語コミュニケーションとしてはイマイチな感じでした。

原因はパッと思い浮かぶ表現に限界があったのです。
ゆっくり文章構築すればできるのでしょうがそこまでの必要性も感じていませんでした。
頑張って親しげに話したいとも思っていなかったわけです。

ということで必然的にここが英語力向上の壁になっていたわけです。
自分自身がそれ以上を求めないから当然のことでもあります。
でも面白いものです。

無意識的な障害が取り払われるとこうも変わるのかと後から思います。
いつの間にか日本語で会話するのと似たように説明しようとしているのです。
そうなると頭もそちらに働くのでしょう。

今まで自然には浮かんでこなかったパターンが使えるようになってきたのでした。
具体的には関係代名詞的なものです。
これは日本語からゆっくり英訳するなら使えるけれど会話のスピードでは無理だったのでした。

当然ながら言えることの正確性が変わってきます。
表現が自己一致に近づくわけです。
だから少しは話せている感覚が出てくるのです。

まだまだ慣れが必要ですがひとまずの展望が見えた感じでしょう。
錆びないように次の機会につなげたいものです。

谷 孝祐
2019.3.14

3月半ばのどことなく腰砕け

いつからのことでしょう。
気がつけば何だか腰に違和感が出てきていました。
最初は寝るときのことでした。

痛いというわけではありませんが詰まっているような雰囲気でした。
とはいえ雑に言い表すなら腰痛と済ませてしまうのかもしれません。
これは古傷と似たものにも思います。

昔は常に課題になっていた部位でした。
楽器をやっている影響だと考えられたものです。
いつしか消えてとらえられなくなっていたのでした。

ということでどこか懐かしいものでもあります。
慣れ親しんだ感じです。
だからといって喜ばしいものではありません。

睡眠の妨げになるわけです。
そんなわけでまだこれが未解決であったことが自覚されました。
こんな様子が二夜くらい続きました。

そして何故だか進行してしまいました。
腰の中央部に拡大してきたのです。
ちょうどこれは海外スキーからの臀部の疲労感がやっと抜けたと感じられたタイミングでした。

だから隠れていただけなのかもしれません。
滑っていてそれなりに腰に負担がかかっていたとも理解できるわけです。
脚部による衝撃吸収が不十分であればそれは然るべきことです。

いつになく長い距離を滑ったのは確かでこの可能性は十分にあるでしょう。
筋肉疲労が抜けてきてやっとそこも自覚できてきたという寸法です。
いずれにせよこのスキーを通じてどことなく下半身が強くなった感じはしていました。

脚部の支えに対する信頼感が高まった気分です。
もしかしたらその反作用のようなものなのかもしれません。
ひとまずケアを意識することにします。

ただどことなく物理的な側面だけでもない感じがするのも事実です。
心理作用で腰にくる定番といえば抵抗でしょう。
それもあり得なくはありません。

でも探し回ってもピンとくる対象が思い当たらない状況です。
意識化できないものに対してなのでしょうか。
そう考えると個人的な範疇のものではない気がしてきました。

合っているとは思わないもののブレグジットに関係していると解釈する方がまだしっくりくるのです。
世界的に大きな変化がやってくるのかもしれません。
とりあえず集合意識的激流と一線引いたところにいられるような心身状態の維持も心がけたいものです。

谷 孝祐
2019.3.15

無感覚な抵抗のサーチング

ブログに書いたからでしょうか。
腰の違和感はいつの間にかおさまってしまいました。
やはりスキーの負荷が強く疲れがたまっていたのでしょうか。

コブ斜面を積極的に滑った時の感じだったのかもしれません。
実際にはほぼフラットなバーンでしたがそのくらいの疲れがあってもおかしくないくらいの長距離滑走でした。
また暖かくなってきて雪が溶け気味でボコボコしていた部分もありました。

そういったところで気づかないままに溜めていた身体レベルのストレスが抜けたとも解釈できそうです。
確かにどことなく筋力的に元に戻ってきた感じはあります。
しかしそれでも抵抗があるとしたら何なのかもチェックしておきたいものです。

念には念をというわけです。
もし知覚できないレベルでそれが影響するのであれば避けたいわけです。
抵抗への実感のなさがむしろそういう気にさせるのかもしれません。

完全にないとは言いきれないと思うのです。
ということで原因としてあり得る可能性を探ってみました。
まずそれが個人的な範疇であれ集合意識であれ変化に対するものなのは確かでしょう。

もしかしたらブレグジットにひとまずの方向が出たことも改善に関係したのかもしれません。
直感的にはこれもまあまあ妥当な気分です。
それが幻想だとしても世界が大きく動いていく最中である雰囲気はあります。

表面的な先行きの不透明さに反して潜在的には何かが決していっている可能性もあるでしょう。
5GやAIにまつわるものも着々と進んでいることかと予想します。
スマートフォンの普及のように気づけば日常が変わっていたというようになる確率は高そうです。

あらゆることが様変わりしてしまうとも解釈できるわけです。
その波に押されて個人の在り方が問われることも考えられます。
社会の中で自分が位置するところも移っていくのかもしれません。

そして内面に目を向ければ些細な違いの積み重ねが起きてきている様子はあります。
今年に入ってから同じ要素の異なる組み合わせが意図せざる結果として生まれてきています。
スキー×ヨーロッパはその大きな象徴だったとも解釈できるでしょう。

そこにヴィーガングルテンフリーの食も掛け合わされたわけです。
持って行った板も前回の白馬で購入したスラロームのものでした。
もちろんヘリもありました。

3ヶ所スキーエリアを巡ることもなかなかないものです。
こうやって俯瞰してみると相当な密度だったように感じます。
だから受け取りきれていないのかもしれません。

無意識的な消化不良が抵抗に関与しているとも言えそうです。
この体験が体化することに何か意味があるのでしょうか。
理由は分かりませんが生きる立ち位置が異なる場所になってしまう予感はします。

ここでやっと細やかな抵抗感が自覚できたのでした。
掘り起こすのも大変なものです。
ひとまず向き合って超えていくこととします。

谷 孝祐
2019.3.16

能力を生かすエッセンス79

太ももを3分割して意識してきましたがいかがだったでしょうか。
少しは知覚しやすくなってきたでしょうか。
実際にここがなんとなくしかとらえられていないこともあるようです。

そうすると無意識的に歩きがちになりやすいのかもしれません。
それは大きな筋肉で構成される部分だからです。
歩行動作においてここがどう動いているかは重要な要素でしょう。

良くも悪くも現状を理解する上で必要なわけです。
またそこがとらえられていないということはより細かな認識も持ちにくいと考えられます。
とはいえだからこそフォーカスが合わせにくいといういことはあるでしょう。

大きいからこそボヤけがちにもなり得るということです。
そのために分けて取り扱ってきたわけです。
しかしこれはあくまでベースを整えるためのステップでした。

ということでここからが本題とも言えるかもしれません。
今回はシンプルにこの部分の筋肉を硬直させてみましょう。
まず足を伸ばして床に座ります。

長座が難しければ後ろに手をついても構いません。
自然な範囲で膝が曲がっていない状態にします。
そこで太ももに力を入れてみましょう。

まずは下部を重視します。
膝の上あたりをギュッと収縮させてみます。
するとさらに膝がまっすぐになるかもしれません。

とにかくこの部分が固くなればできています。
そして何度か繰り返してみましょう。
おそらく全身の中で意識主導で最も動かしやすい部位だと考えられます。

なのでその感覚に慣れたいところです。
注意点は順番を大切にすることです。
膝を伸ばそうとして結果的に力が入るのではありません。

その筋肉に意識的に力をいれたことによって膝が伸びるのです。
そんなわけでこの両方ともやってみるのも良いかと思います。
違いが分かればよりできているかどうかの判断もしやすくなります。

同時にこれも知覚力を高めてくれるわけです。
一方で思うように力が入らない人もいるかもしれません。
筋力が足りなければそういうことも想定されます。

そういった場合は膝上に手を添えて少しでもそこが固くなるようにしてみます。
最初はうまくいかなくとも少しづつできるようになれば良いことです。
できることであれば歩く時にここから足をあげることも試してみたいところです。

谷 孝祐
2019.3.17

2018年3月第4週の傾向

先週はいかがだったでしょうか。
どことなく上昇気流がとらえられたでしょうか。
物事が一気に進み始めた人もいたことでしょう。

現実的に今後の動きが方向付けられたかもしれません。
もしくはこれから何をすれば良いかが明確になったかもしれません。
分かりやすい結果ではなくとも今までと異なる感覚が生じたことも考えられます。

それは同じタスクに対して負荷をかけずに取り組めたといった類のものです。
もしかしたらこれに物足りなさを感じてしまったかもしれません。
特にそこに自己価値を見出していたならなおさらでしょう。

無意識的には存在意義が減じてしまう気がするわけです。
しかしその感覚は良い傾向です。
無理せずにパフォーマンスが高められた証拠とも言えるのです。

いよいよ自己否定から出てあるべき姿に向かう時でしょうか。
そこに向けたあぶり出しもあったかもしれませんが素直に受け取っていきたいものです。

さて今週の傾向です。
引き続き上昇気流の雰囲気です。
しかし不安定さも増してくる感じかもしれません。

どこかに落とし穴も潜んでいるようなイメージです。
風が巻いているような感覚でもあります。
なので調子が良いと思っていたら大きくずれていたということも起きそうです。

ということで少し注意を払いたいところでしょう。
ただセンシティヴになるのも考えものです。
不安ベースであれば現象を引き起こしてしまうことにもなりかねません。

ポイントは丁寧に物事を運ぶ意識かと思います。
以前よりも着実に細かい部分にまで気を配っていきましょう。
そのためにリアルタイムに感じていることをキャッチしようとしましょう。

ここができていれば心配はいらないと予想します。
特にエゴ的な守りの反応は気をつけたいところでしょう。
これを無視してしまうと無意識的な言動から足をすくわれてしまうかもしれません。

想像よりも抑圧になって悪循環のきっかけになってしまうかもしれません。
自分を知ることを楽しむくらいの距離感で客観的に関わってみたいものです。
同化や同調に気づいて最適化していきましょう。

個人的には来年へのベクトルを推し量りつつ方向付けを意図することにします。

谷 孝祐
2019.3.18

初任給の違いからみえた費用対効果

ちょっとした話題から思考が展開しました。
それはとある国の給与水準についてです。
想像以上に高いという話です。

これは抽象的な内容ではありませんでした。
初任給がどのくらいかという流れになったのです。
理系の専門職だと年収500〜600万円くらいでしょうか。

為替レートにもよりますが日本の感覚でいったらかなりのものかもしれません。
考えようによっては倍というイメージにもなるでしょう。
しかしこれは隣国より安いということでした。

だから国境付近に住んでいるとそちらで働く人も多いとのことです。
毎日のように国をまたいで通勤するというのは陸続きだからこそでしょう。
一般的な日本人には選択肢に浮かびそうもない発想です。

それはともかくそちらの国の初任給についてです。
聞けたのは製薬会社に勤めた場合でした。
概算で1000万くらいでしょうか。

少し驚きました。
とはいえ何から何まで値段が高い印象の国です。
要は物価が高いわけです。

例えばちょっとこましな家族で住むような物件で月50万くらいとのことでした。
当然ホテル代もかなり高額です。
だからといって質がそこまで良いということもありません。

円換算でみたら費用対効果が悪いわけです。
いつもこれを疑問に感じていましたがこの話でどこか納得いったのでした。
それで全体のバランスが取れているわけです。

むしろこの基準からすれば宿泊費は安価とも解釈できそうです。
所変われば普通とされる水準も変わるわけです。
おかげでまだまだ日本の経済観念に自分が影響を受けていることが自覚できました。

どこかその物価水準という色眼鏡をかけてしまっているのです。
当然ながら収入がそこに帰属しているから仕方ないことかもしれません。
ただそれではありのままに物事をとらえられないとも考えられます。

加えて金額に対する感覚が狭いことも意味するでしょう。
国際感覚をもって価値判断ができていないことになるわけです。
もちろんその相対性はかなり理解しているつもりでした。

ただそれでも完全ではなかったようです。
どの経済循環に組み込まれるかによって様々なことが違ってくることをより深く納得したいものです。

谷 孝祐
2019.3.19

オリンピックと祝日移動

なんとなくではありますが来年のスケジューリングに意識を向け始めました。
早すぎといえばそうかもしれません。
例年であれば6月くらいのことです。

つまり3ヶ月弱ほど前倒しなわけです。
まだ今年が始まってそんなにたっていないととらえることもできます。
確かに昨年まではそんな感覚でした。

観念的には冬も終わりきっていないのにとも思います。
しかしどことなくその必要性を感じてのことです。
時の流れが早いからこそ方向付けを前もってしていきたいところでしょう。

それがこの差になって表れている気はします。
ということで暫定的にカレンダーに予定を入れてみました。
まだまだ不整合も多い段階です。

パズルのピースをとりあえず揃えたという段階です。
しかしこれによって怪訝に感じたことがありました。
なんだか祝日がおかしいのです。

最初は表示が間違っているのかと考えました。
記憶しているものと違ったのです。
ちなみにこれは夏場のことです。

7月に4連休が出現していたのでした。
不可思議です。
そんなわけで調べてみました。

するとオリンピックの関係で祝日が移動するというのです。
開会式の日に本来10月の体育の日をあてて前日にその週頭の海の日を持ってくるらしいです。
ちなみに閉会式の日は日曜ですがその翌日は翌々日の山の日を前倒しするとのことです。

今年の元号が変わることにちなんだゴールデンウィークに意識が奪われていたのかもしれません。
新聞などで報じられていたはずなのに恥ずかしながらノーマークだったのでした。
もちろん天皇誕生日も変わります。

その関係で2019年は該当日がないとのことです。
今までの12月23日は休みではなくなるようです。
そして新たな誕生日は2月23日です。

たかが祝日ですがどことなく1年のサイクルをパターン化させる力があるのでしょう。
それが無意識的な固定観念になっていたのかもしれません。
大勢の人が同じようなことを感じるとしたらそれだけで集合意識の変化は大きくなりそうな気もします。

もしかしたら劇的に何かが変わるきっかけになるのかもしれません。
これも踏まえて予期しながら予定を組んでいく必要があるのでしょう。
ひとまず真剣に向き合ってみることにします。

谷 孝祐
2019.3.20

意外に過酷だった英語教室デビュー

我が子が初めて英語の教室に行きました。
といってもそこまで積極的なものではありません。
習わせたいというところからでもありません。

本人に聞いてみたら割と前向きだったためのことでした。
そんなわけで親としたら託児所に預けるような感覚でした。
ネットで見た感じはキッズクラスで遊びが中心のようだったのです。

ということでお気楽なものでした。
しかしそれは見込み違いだったようでした。
実際にスクールに到着すると思った以上に本気そうだったのです。

その象徴がオールイングリッシュでした。
送ってきた親も含めて英語でやり取りするのです。
人によっては気後れしてしまうかもしれません。

簡易的なコミュニケーションのみですがそれでも慣れていなければビックリするでしょう。
そんなわけで我が子もどこかナイーブな感じでした。
意気揚々と出かけてきたのに帰ると言い出しそうなくらいでした。

ただ自分が望んでやってきたことは理解しているようでした。
ということで時間になったら名残惜しさはありつつも嫌がらずに教室に向かっていきました。
きっと想定外だったことでしょう。

面白い巡り合わせもあるものだと思います。
さて帰りに迎えにいった時のことです。
先生からレッスン中の様子が伝えられました。

どうやら平然と日本語をしゃべり続けていたようです。
その言葉を英訳して返しても真似することなくそのままだったとのことでした。
ちょっと困った子でしょう。

マイペースです。
それでも多少は環境に慣れたのでしょうか。
感想をたずねると楽しかったとの答えでした。

こんな体験でも第一歩になるのでしょうか。
戻ってきたら今までにないセンテンスを口走っていたのでした。
一見無駄なような様子でも意味はあったようです。

でもかなり疲れたようで眠ってしまいました。
寝言で「もうヤダ、全部英語になっちゃう」と言っていたのでした。
そうやって潜在意識が学習していくのかもしれません。

谷 孝祐
2019.3.21

価値交換の手段の難しさ

お金の流れをクリーンにするのは難しいことなのでしょうか。
ふとした会話の中でそんな話題が出ました。
単なる雑談程度で取りとめもない程度でした。

受け流してしまえば記憶にも残らないくらいです。
しかしこれを真剣に考えたことがなかったことに気づきました。
感覚的にそこまで困難さはないと思っています。

だからどことなく簡単というニュアンスを持ってしまうのかもしれません。
要するに投影です。
確かにやるべきことはシンプルではあります。

ただそれが取り組みやすいかどうかは個人差があるのでしょう。
複雑な方法が習慣化されていればそれだけ大変かもしれません。
お金があることで享受できるメリットを挙げていくといっても思いつかないこともあるでしょう。

また観念的には有用であると解釈できても心理的に受け入れられないかもしれません。
ということで世間では子どもの頃からお金の教育をという話題が出るのだと考えられます。
でもこの観点で言えば難しさはお金に限ったことではありません。

いうならば外国語が話せるかどうかと似た性質のものです。
幼少期から適した環境に身を置いていれば自然に身につくしそうでなければ相応の努力が必要だというだけです。
単に習慣を修正する難しさです。

つまり小さい頃からクリーンなお金との関わりを見てきていれば自ずと体得できるイメージです。
ところが今回の興味はそこではありません。
押し並べて比較した時に難しいかどうかということです。

英語だけでなく人間関係や生活習慣などよりもお金がやりにくいかどうかというテーマです。
これはお金の道場を進めていく上で重要なポイントかもしれません。
といってもわざわざこの発想が出てくるということはどことなくその可能性を感じているとも言えそうです。

そんなわけでこの違いに意識を向けてみました。
気楽な会話が出発点だったためあまり論理的に詰めていく感じではありませんでした。
ボーッと眺めるようなものでしょうか。

すると直感的に見えてきたことがありました。
それは想像以上に過去生の影響が大きいのではないかという推測です。
以前にもこれはどことなく感じていましたがそこまで実感はありませんでした。

そうだとしても今生の範囲でどうにかなるという気分だったわけです。
そこがそうでもないかもしれないという視野に広がりました。
この領域に手をつけなければ改善し得ないこともあるのではという発想になってきたのです。

しかもそうしたとしても一筋縄にはいかない雰囲気も感じます。
やはりこれは人類を縛り付けている性質を持っているのかもしれません。
ここを起点に検証していこうと思います。

谷 孝祐
2019.3.22

ビヨンドミートの初体験

とあるホテルでのことでした。
滞在が長めだったので事前に食事についての連絡をしてありました。
ヴィーガンでできる限りグルテンフリーでと伝えてあったのです。

これがレストランで対応してもらえること自体は珍しいことではありません。
この前のヨーロッパでもそうでした。
随分と浸透してきたものです。

ただ今回はどことなく雰囲気が違いました。
ラウンジのイブニングカクテルサービスでも特別メニューを出してくれるというのです。
その案内メールを到着の10日前くらいにもらいました。

無料なのにそこまでやってくれるというのです。
これは初めてのことでした。
随分と力が入っている印象です。

とはいえ気休め程度の内容かと思っていました。
むしろどこかありがた迷惑な気分もなくはありませんでした。
普段はわざわざ行かないものなのに足を運ばなければならない気がしてしまったのです。

しかし実際はそんなことはありませんでした。
時間になって出向くとかなり大きめのバーガーが出てきました。
パテはビヨンドミートとのことでした。

それがフェイクミートと同様であることは知っていましたが具体的な違いは分かっていませんでした。
最近はニューヨークで流行っていると新聞で読んだくらいの知識です。
どちらもヴィーガンで用いられる植物性のお肉に似せたものという理解でした。

個人的にはそもそもお肉に興味がなくなってきたので調べることもなかったわけです。
わざわざ代用品を求める必要もないのです。
しかしその見た目には驚きました。

完成度が高いのです。
まさにハンバーガーそのものと言っても良いでしょう。
食べても気づかない人は植物性だと気づかないかもしれないと思うくらいでした。

ということでなかなかインパクトのある初体験となりました。
そんなわけで一体どのようなものか調べてみました。
どうやらビヨンドミートは企業名でありブランド名のようです。

2009年に創業したシリコンバレーのベンチャーらしいです。
ビルゲイツも出資しているとのことでした。
現代のアメリカらしい潮流と言えるのかもしれません。

どうであれこの10年で食の世界に変化が起きてきたことが感じられました。
でも自主的に選択するかというとやはりそんなことはないという結論でした。
同様に自分自身の嗜好もここまで変わったものかと自覚したのでした。

谷 孝祐
2019.3.23

能力を生かすエッセンス80

膝上の筋肉に力を入れるのはうまくいったでしょうか。
それで結果的に膝が伸びる感じは掴めたでしょうか。
もちろん個人差はあるでしょう。

少なくとも今までよりもできれば十分かもしれません。
とにかく意識主導で筋肉を動かしてみることは重要です。
そこから体の動かし方が変わるためです。

もしくは様々な動かし方が実行できるようになるためです。
これは見た目上は微妙な違いでしかないこともありますがリラックス度に大きく影響してきます。
当然ながらそこから能力発揮に関係してくるわけです。

だからこそ基本として身につけていきたいものです。
ということで引き続きこのベクトルで練習してみましょう。
今回はいきなり難しくなったと感じるかもしれません。

ただうまくいくかどうかが重要ではありません。
あくまで体を使った意識のトレーニングです。
なので結果を気にせずトライしてみましょう。

では本題です。
前回のステップアップのイメージです。
大腿部上部の側面から筋肉に力を入れてみましょう。

結果的に膝上が硬直する感じです。
より遠くから膝を伸ばす行為とも言えるかもしれません。
前回と同様に長座などで足を伸ばした状態から行います。

具体的には外側広筋の上部から動かします。
骨盤側面の少し下のあたりです。
足をまっすぐ伸ばして太ももに力を入れると横に少しだけ膨らむ場所です。

ただここまでポイントを絞ると難易度があがるので何となくで構いません。
実際に筋力がなければこれで確認することもできない可能性があります。
この隣前面側にある大腿直筋からになっても問題ありません。

当然ながら周辺の筋肉は連動していきます。
とにかくこの辺りから膝を伸ばす方向に働きかけましょう。
同時に上部から下部に力が入っていく感覚もとらえたいところです。

ゆっくり5秒くらいかけて行うと分かりやすいかもしれません。
でもこれも難しい人は気にしなくて構いません。
できる範囲で動かそうとすることに意味があります。

谷 孝祐
2019.3.24

2019年3月第5週の傾向

今月も最終週になりました。
いわゆる年度末でもあります。
そんなことから忙しさが増している人も多いのかもしれません。

そういったタイミングですが先週はいかがだったでしょうか。
上昇気流は感じられたでしょうか。
結果が出始めた人もいたかもしれません。

思考がやっとまとまってきた人もいたことでしょう。
一方でズレが自覚されやすくもありました。
勢いに任せてきたことのボロが出てきやすかったように思います。

そのため変化が顕在化に至った印象もあったでしょう。
それが今後を考え直す機会になった人もいたはずです。
逆にだからこそ以前に戻る発想も出やすかった気もします。
どうであれ抵抗を見つめつつ流れに従っていきたいものです。

さて今週の傾向です。
あえて映像に投影するなら眠っていた龍が立ち昇るイメージかもしれません。
これはより深い領域の炙り出しが起きやすいことを意味しそうです。

特に見ないことにしてきた課題は要注意です。
それによる情報のすり替えがあらわになるかもしれません。
突然のように見せつけられるような印象です。

直視できないものを無理やり押し付けられるような感じです。
当然ながら目を背けたくなると予想されるものです。
少なくとも抱えきれない気分にはなりやすいと考えられます。

だからこそ先に心算をしておきたいものです。
まだ知覚していない大きな課題を取り扱うコミットメントを強めておくのです。
目の前にないものに対してこれを行うのは簡単ではないかもしれません。

でも想定しうる最悪のケースを題材に進めればそれなりに可能です。
現実感の持てる最も避けたいことを探っていくと良いのかもしれません。
しかし一概にこれがネガティブなものというわけでもありません。

まだ自覚していない才能の開花などもここに当てはまります。
もしくは考えたこともない最高の結果も該当します。
今まで着実に歩んできた人ほどこちら側の怖れの方が大きくなることも想定されます。

できない自分でいる居心地の良さを手放すことは想定以上のものです。
なぜならそれだけの責任を受け入れていくことになるためです。
ここと向き合って真の自立した精神状態に近づきたいものです。

個人的には早々と来年への方向づけを固める時期にすることにします。

谷 孝祐
2019.3.25

過去生の影響の総量はどのくらいか

ここ数日どことなく過去生に意識が向いてきました。
といっても自分のものではありません。
マクロな意味での観点です。

つまり人類にとって過去生の影響はどの程度あるのかといったような視点です。
きっとお金にまつわる件から潜在意識が関連づけてきたのでしょう。
それはクリーンに価値交換することの難しさをとらえたものでした。

そこからまず概念そのものに思考が進んだのだと考えられます。
ともかくここに真摯に向き合ったことはありませんでした。
影響があることは分かっているものの全体像を把握しようとはしていなかったのです。

あくまで個々人の課題としてみていたのでしょう
だから総量を推し量るようなこともありませんでした。
しかし引いてみれば大量であることは明らかです。

知っている範囲内の人を足し合わせただけでもそれなりだと推定できるわけです。
目も眩むほどという形容が合っている気もします。
だからそれが集合意識に関係していることも当然だと思われます。

人類が盲目になりがちな一因なのでしょうか。
考えたこともありませんでしたがその可能性も否定はできなさそうです。
少なくともそれがなければ社会は変わっていきやすいように感じます。

個人的な経験から言うなら変化への需要度と対応力が高まると予想されるのです。
ただそれ以上に重要なこともありそうです。
結果として得られる要素は一緒ですが誤認が減ると感じるのです。

これはどちらかというと直感的な予測です。
要はありのままの現実を見つめやすくなるわけです。
過去において形成した価値観の色眼鏡で認識する率が減るわけです。

当然ながらそれは個人の能力発揮向上を促すことにもなりそうです。
もちろん自己理解のスピードも上がります。
このように考えてくると実態よりも自分は軽視してきた気分になってきました。

確かに扱わずして進むのであればわざわざ取り扱う必要もないでしょう。
でも実際はこの立ち位置で関与しているからこそ扱うべきものの発見が遅れているのかもしれません。
通常であれば本人も周りも気づきにくいものです。

だから気を配っておいた方が良いとも考えられます。
そういう意味で在り方を変えるタイミングなのでしょうか。
そこも含めて相手を見ることが必要なのかもしれません。

少しその方向へも意識を向けてみようと思います。

谷 孝祐
2019.3.26

マクロに過去生に対応する意義

過去生についての意識を高める方向を強めてみることにしました。
今まで個人レベルの個別事象しか扱ってこなかったのが事実です。
それでは全体における大きな変化が望みにくいのでしょう。

確かにそれだけだと集合意識へのインパクトは極めて限定的と考えられます。
ほぼ意味がないとも言えるかもしれません。
この発想が出てくるということは違ったアプローチが求められているということなのでしょうか。

その可能性は十分にありそうです。
マクロから働きかけないと多くの個が進める限界が決まってきてしまうようにも感じます。
もちろんその壁を打ち破る存在が多くいれば望ましいことです。

おれが起きるのであればヒトの意識は革命的に進歩するでしょう。
だからこそ個へのフォーカスが強かったと自覚します。
でもそれは不要な労力という考え方もできなくはありません。

個が全体にとらわれる時代は終焉している可能性もあるわけです。
ということでひとまずその立ち位置に移行してみることにしました。
しかし方法は未知です。

書物で読んだことも誰かに聞いたこともありません。
そもそも集合的に過去生を扱う発想すら初めてのものです。
古神道的秘技秘伝としてはあるのかもしれませんが知り得ない内容でしょう。

場合によってはそんなものは途絶えてしまっている可能性もあります。
まずはそこを探っていくところからでしょうか。
難儀な作業にも感じます。

もちろんこれはお金にまつわるものにもつながります。
具体性が少しでもあった方がとらえやすくなることからこのくらいの概念で見てみることにします。
お金×過去生の領域です。

そもそもよどんだところしか知らなければクリアさもわかり得ないでしょう。
ナチュラルな流れといっても体験していなければイメージすらできないのかもしれません。
もちろんそれを川の流れなどに投影して理解することは可能です。

しかしそれを現実に活かせなければ変わらないわけです。
結局はいつのまにか過去のパターンを繰り返してしまいます。
特にお金はこの傾向が強い気はします。

ということでお金の道場を開催している手前から次第に重要な取り組みに感じてきました。
場合によっては輪廻のように変わらずに同じところを回ってしまうかもしれません。
進んでいても自覚しにくい微差でしかないこともあり一気に戻ってしまうかもしれません。

いくら主観的に努力していてもこれでは疲れてしまうのも無理はないでしょう。
だから生きることに苦や罪が伴うとする価値観が前提になってしまうのだと考えられます。
本当はその理解に沿った具体的な行動と選択が伴わなければ変化は起きにくいのです。

このように思考してくるとどことなく重大な溝がとらえられた気がしてきました。
中核的な課題はその進みの遅さにあるのかもしれません。
例えば総体における概念理解の浸透の課題です。

これによって手足を縛るかのような結末が想定されるわけです。
結局は教育的問題になってしまいますがそこに働きかける観点を持っていきたいとおもいます。

谷 孝祐
2019.3.27

ホテルはスーパーの2階に

なぜだかふと思い出したことがありました。
何か未消化だったのでしょうか。
確かに特に処理することなく時が流れていました。

それは少し前のことです。
とある外国の町で泊まったホテルでのことでした。
早朝の飛行機に乗る都合からそこが一番マシな選択肢と思われました。

とにかく田舎町のようなところです。
それらしきものが見つからないような雰囲気さえありました。
ナビに従って向かったもののまさかそんなところにあるとも想像していませんでした。

案内されたのはスーパーマーケットの駐車場でした。
間違ったかのような感じでした。
しかし実際にそこにあったのでした。

その2階に客室があったのです。
夕方から雨も強まってどことなく暗い感じになってきました。
食事するホテルのレストランも不思議な印象でした。

東南アジアのチープな食堂のような感じだけど内容はちゃんとしていたのです。
とにかく初めての環境だった気がします。
夜8時にはお店も閉まってしまってあたりは真っ暗な様子になりました。

特にやることもなく早く寝るつもりだったので問題はありませんでした。
でも部屋の明かりを消してベッドに入った時です。
久々に何かの気配を感じました。

要は何かいるというやつです。
といっても取り立てることもなく眠りました。
それがいけなかったのでしょうか。

珍しく悪夢に見舞われました。
そして乗っ取られるようなシーンになってきました。
そこで一進一退しているところで目が覚めました。

起きてもその体感がリアルにありました。
まさに憑依される寸前だったことが自覚されました。
浄霊に関与したわけでもないのにこんなことに遭遇したことも初めてでした。

あえて言うなら予防接種のようなものでしょうか。
どことなく日本のものとは異なっていたのでした。
とにもかくにもこういったことがいつの間にか起きうるものだということが理解できたのでした。

知覚力がなければお土産で憑けて帰ってしまうかもしれません。
客観的にはアニメのようなものですが本人にしたらたまったものではないでしょう。
たまに海外に行ってからおかしくなったという相談を受けることもありましたがそれが実感を持って共感できるようになったのでした。

おかげでこの夜は落ち着いて寝ることは難しく半寝のような状態で旅立ったのでした。

谷 孝祐
2019.3.28

小学受験という選択肢

我が子と話をしました。
その前提として基本的には本人の意向を尊重する立ち位置で関わっていることがあります。
そうは言っても自分で答えが出せないこともあるでしょう。

だから一緒に向き合う姿勢が必要なのかもしれません。
もちろん明確に意向を言うことはあります。
それは既知か未知かに関わりません。

そんなわけで面白くもあります。
またそうであっても後から揺らぐこともあるでしょう。
そもそも話を理解していないことだってあるはずです。

ということである程度揺さぶりをかけたりもします。
選択肢を挙げていって答えが変わらないかどうかを確認するのです。
この時もそんな感じでした。

話題は小学校をどうしたいかというものです。
具体的には公立か私立かというところです。
もちろん国立やフリースクールなどもないわけではありません。

様々な可能性があるわけです。
いぜれにせよ多少は方向づけを考えるべき時期になってきたから話を振ってみたのでした。
現実的には公立が無難でしょう。

自力で通ってもらえないと親の負担が大きくなります。
それに縛られるのは本望ではありません。
とはいえこれが学校を決定づける理由にはなりません。

本気で他に行きたいというなら考えざるを得ないわけです。
しかし回答はあさっりとしたものでした。
近所の公立が良いというのです。

しかも圧倒的な印象でした。
有名私立の名前を挙げていっても即答です。
悩む瞬間もなく周知の事実であるかのようでした。

何をキャッチしているのか推し量る余地もない感じです。
最終結末は未来のことなので分かりませんがともかく現時点での方向は決まったのでした。
ただ小学受験のことを自分自身もあまり知らないので少し調べてみました。

とりあえず個人的にどこへ行くかはさほど問題ではない気がしました。
ひとまず各校および受験そのもののメリットとデメリットはキャッチアップした感じでした。
そこに労力とお金をかけるなら本当に好きなことにあてたほうが賢明な印象でした。

でもそのエッセンスを取り入れることで有益なこともありそうです。
子どもの教育についてもう少し真剣に向き合ってみようと思ったのでした。

谷 孝祐
2019.3.29

自己肯定という責任

ここ最近の思考が統合の方向へ進んできたのでしょうか。
この3月の終わりに向けての何らかの力がそうさせているのかもしれません。
それは平成という時の終焉に向けたカウントダウンなのかもしれません。

とりあえず個人的に出てきた今月の要素が収束に向かいそうな気分です。
マクロな視点が発端でしょうか。
過去生を人類全体でとらえてみるのはまだ半ばですがそれでもフレームは広がってきたようです。

そんなわけで生じてきた疑問がありました。
直感的と言ってもよいでしょう。
ふと人類は失敗からしか学べないのかという観点が出てきたのです。

ヴィーガンの浸透も結局はそうです。
環境破壊への反省からとも解釈できるのです。
その発端とも言えそうな急激とも言える科学技術の進歩も結局は欧州の中世暗黒時代への反動かもしれません。

解脱という概念だって元をたどればバラモン教への反発と考えられなくはありません。
歴史を紐解けばこういうエッセンスは多数散見されるかと思います。
むしろそこで学んで変化した分が進歩しているとも考えられがちです。

そうであっても同じ失敗が繰り返されるよりはマシとも言えます。
でも歴史は繰り返すという言葉からすれば後者の方が現実とも理解できなくはありません。
現在が幕末期や戦前に似通っているという指摘もありますが否定もできないわけです。

どうなるにせよ価値観の変化と秩序の崩壊は連動するのかもしれません。
さておきどうであれ社会的な失敗は多くの人に苦汁を飲ませる結果になりがちでしょう。
そこでトラウマが助長されることも容易に想像できます。

こう考えると総体としてトラウマが減ることは難しい感じもしてしまいます。
集合意識的には指数関数的に膨れ上がってきたという推測もできてしまうわけです。
加えてこの観点はミクロな世界でも同様かもしれません。

つまり個人レベルです。
死を実感するようになったからこそ健康を気遣うようになるというようなこともあるでしょう。
殺人のカルマによって徳を積むために善行に励むという世界観もあります。

そんな極限を想定しなくともデメリットを体験したから反応的に逆に触れることは通常かもしれません。
もちろん小さなレベルであれば問題はないかもしれません。
自他に対する影響を与えない範囲です。

でもなかなかそこに収まらない気もします。
迷惑をかけたり罪悪感を持ったりしてしまうわけです。
これに気づかないことも珍しくないでしょう。

こう考えてくると影響を事前に評価して失敗のデメリットを最小限に抑える立ち位置は重要になるのかもしれません。
ということであれば自分が影響を与えうることを理解することも大切でしょう。
所詮自分は大した影響力はないと無意識的な前提になっている可能性はあります。

ひとまずどうであれここの自覚からなのかもしれません。
最低限の自己肯定は人類の責任なのでしょうか。

谷 孝祐
2019.3.30

能力を生かすエッセンス81

大腿部側面上部から力を入れてみるのはいかがだったでしょうか。
感覚は掴めたでしょうか。
人によっては鮮明な知覚があったかもしれません。

こうやって動いているのかという実感があったかもしれません。
逆によく分からなかった人もいることでしょう。
それでも気にする必要はありません。

やろうとしてみることに意味があります。
これはそういった蓄積がいつしか知覚力を高めてくれるためです。
もちろん外側広筋にこだわる必要もありません。

だいたいの目安とする程度で十分です。
気楽に気長に隙間時間にでも取り入れて行ってみましょう。
ということで今回のトレーニングです。

前回と似たようなものです。
ただ起点が少しだけ変わります。
太ももの上部中央から筋肉を収縮させてみましょう。

もちろんそこから膝を伸ばすイメージです。
今まで同様に長座などの姿勢で行います。
もちろん上から膝に向かって次第に力を入れていくことになります。

つまり側面も硬直することになるでしょう。
具体的には大腿直筋の股関節に近いあたりから力を入れ始めます。
ここは丁寧に行った方が良いかもしれません。

結構集中しないとできない可能性があります。
何となく上部というよりも中部あたりから力を入れる方が簡単な人もいることでしょう。
単に意識するだけだと難しければ手を添えてみる方法もあります。

そうすることでポイントをとらえやすくなることもあります。
とにかくこの最初を重視していきましょう。
ここがうまくいけばあとはプロセスをモニタリングするようなものです。

力をより強めようとすると自然に側部も硬直していきます。
そして膝が真っ直ぐになる力になっていきます。
これがうまくいくと筋肉の連動性を自覚できるかと思います。

それだけでなく脚部をより効果的に使えるようにもなります。
歩くときに足が前に出やすくなって歩幅が広がる可能性もあります。
できればこういった変化に対しても気を払っていきたいものです。

谷 孝祐
2019.3.31

公開終了日:2019/6/30